PC98とは?98シリーズが築いた独占的地位の背景と変化

PC98とは?

PC9800シリーズは1982年以降にNECが発売したパソコンの名称です。当時は今のパソコンとは違って、パソコンごとにプログラムが異なっており、異なるパソコン同士で容易に同じソフトウェアを使うことができませんでした。そんな中、PC9800シリーズには優れたソフトウェアが数多く生み出され、人気が集中することになりました。
PC9800シリーズには、他のパソコンよりもグラフィックや日本語の高速な処理ができました。また、BASICというプラグラミング言語を使うことで、下位機種と互換性を保つことができ、それが多くのビジネスソフトの開発につながりました。
しかし、IBM社が1984年に発売したパソコン「PC/AT」と互換性のあるパソコンの性能が向上したことや1990年に日本アイ・ビー・エムが発表したオペレーティングシステム
「DOS/V」によって日本語処理ができるようになると、PC-98シリーズを使う人はしだいに少なくなっていきました。
1995年秋にマイクロソフトのオペレーティングシステム「Windows 95」が発売されると、市場はWindowsが使えるパソコンを求めるようになり、ついにNECは独自路線をあきらめ、1997年には主力商品をPC/AT互換機ベースのPC98-NXシリーズに移行しました。
2000年に発売されたPC-9821 Ra43が最後に出され、PC98シリーズの幕が降ろされました。
現在ではPC98はほとんど使われていませんが、ワープロのコンバータ機として、あるいは昔のMS-DOSアプリケーション用として、今でも使っている人もいるそうです。

PC98シリーズが国内でシェアを伸ばした理由

NECのPC-9800シリーズは、1980年代の最盛期に国内では70%以上のシェアを誇ったとも言われます。
海外では、同時期に売り出されたIBMのIBM-PCがシェアを独占してゆく中で、また、IBMの自社製PCの内部仕様公開で「IBM PC/AT互換機」が生まれ世界のPCの標準仕様となる中で、日本国内では、PC/AT互換機ではなく、PC-9800シリーズが国民機と言われるまでに広く受け入れられていた理由は幾つか考えられます。
まず、アメリカ生まれのPC/AT互換機では日本語の使用ができず、PC-98は当然、それができたこと。
次に、PC-9800シリーズはIBM-PCと設計がかなり似ていたため、技術を移植することが比較的簡単にできたこと。そこでソフトウェア・周辺機器の多くがPC-9800シリーズに転用できました。
そして前身であるPC-8001シリーズで使えたゲームを中心とするソフトウェアが使えるという互換性などからも、PC-9800シリーズが歓迎され、そしてビジネスユーザーにもシェアを広げていったと考えられます。

NECの独占的PC-98も、新型OSとDOS/Vの登場で異変

既に相当過去の事になりますが、当時、NECはPC-98シリーズというベストセラーで国内パソコン市場を圧倒的なシェアでほぼ独占状態で支配してきました。 驚くなかれ国内シェアが最盛時には90%にも届いたと言うのだから、その凄さがわかると思います。 個人用コンピュータ(PCと言う言葉はなかった)は、イコールPC-98シリーズのことで、NECの完全一人勝ちということで今じゃ考えられませんね。
ところがOSソフトがアメリカから導入されると、その独占的体系から次第に沈んでゆく事になります。 これがマイクロソフト社のWindowsで、このOSソフトの台頭でPC-98シリーズも時代遅れになりました。
ここで業界に新しく登場したのがDOS/V機というものでした。 DOS/V機というのは、PC本体とOSを別々に組み付ける事が出来る、つまり異なるOSを入れ換える事が出来る、パーツ交換が可能な機種のことです。
この時点でNECも時代遅れならば新しい方式に転換しなきゃいけないという事で新規に発売したのが、新機軸のパソコンPC98-NXシリーズでした。 ここで注目するのが”-”の位置が異なることです。 この機種は、ほぼDOS/Vと同じでしたがNECは否定して全く別の物だと言い張り、当時の我々のパソコンユーザーを相当に混乱させたのです。 その後の結果は、NECは他社のパソコン群と一緒にDOS/V規格の一員として現在に至っているのです。